2020年コロナ禍中のアメリカ留学生活 前編

2020年4月頃、自宅にて。

 2020年は思いもかけない形で過ぎ去ってしまった。12月も最終週に入り、今年アメリカはカリフォルニア州バークレーに留学していた一院生として、何を見たのか、何を見なかったのか書き残しておきたい。コロナ下のアメリカでどのようなことが起こったのかを記録するOral HistoryやEthnogaphic Archiveのプロジェクトは各所ですでにスタート1していて、そうした集合的な記憶としてのアーカイブは「いま・ここ」の面の記録として保存される。

 一方でこれはごく個人的な、しかし他にはきっと記録されない微細な出来事であり、いわば点の記録である。正規の大学院留学ではなく、交換留学でもない訪問学生研究員という立場での留学は、すこし隙間な存在だ。ここでは、アメリカの政治的失敗に伴う混乱と、誰にもどうしようもない状況に翻弄された一人の院生の記録として、2020年を振り返っておく。(長すぎたのでとりあえず前編・後編に分けました。)

2020年1〜2月:ロックダウン以前

 2月までの欧州での深刻な状況はまだ対岸の火事といった風情で、1月後半には春学期がスタートした。2月はようやく慣れてきた教室と研究室に交互に足を運ぶ日々だったが、まだまだ思うように授業中にも発言できず、相変わらず課題はギリギリまで読み終わらず、毎日四苦八苦していた。2020年は3月8日にサマータイムへの切り替えがあり、眠い目をこすりながら1限目を聞くために大型教室での講義のため登校すると朝型の教授たちが「今日は学生があまり来てないのを責められない、外がまだ暗いのに!」と談笑していたのを覚えている。

 それより少し前からベイエリアでもCOVID-19の感染例が報告されるようになり2、大型教室での講義では「近いうちに講義がオンライン化するかもしれないから、そのときはTAの学生に頼って音声配信+スライド配布にします」というアナウンス。数回そのアナウンスを聞いているうち、これまで全く街で見なかったマスクをしている人を見かけるようになった。しかし私が見た限りでは、この頃マスクを着けていたのはアジア系に見える人がほとんどで、一度マスクをつけたままバスに乗った時に隣の人に避ける素振りをされたり、マスクへの忌避感は相当強いものがあるようだった。

大学シャットダウン、オンライン授業へ

 3月9日、教職員への告知の1日後に、全学生へもオンラインクラスへの移行が発表された3。学生としてはオンラインに移行するのに必要な準備はZoomのインストールくらいで大したことではなかった。研究室に置きっぱなしの荷物を取りに行ったがすでに人類学科の建物は9日午後には閑散としていて、家の外では誰にも会わないままオンライン生活に突入した。

 私の住んでいるシェアハウスは大学キャンパスからは少し離れた場所にある。UCバークレーの大学院生と留学生、他大学の大学院生で博士課程学生ばかりで構成されていて、UCバークレーがいち早く完全オンライン授業に移行したあと少しして、他の大学の授業も実習を含めて完全オンラインになった。博士課程の院生など土日も休日もあるようなないような、という感じで皆昼間は殆ど顔を合わせることもなかったが、ここに来て急に四六時中顔を合わせるようになったので細かい摩擦は当然発生する。全員が授業と研究、仕事のミーティングなどかなりの部分を一つのwifiルーターに依存することになったのだが、間の悪いことにwifi料金の名義人になっていたハウスメイトが引っ越して家を出るという。名義を書き換えるだけならオンラインでもできそうなものなのに、インターネットプロバイダのXfinityは支払い者が変わるのではればアカウントとルーターごと替えろ、という。仕方がなく、3月中旬に私が支払いを引き継いで、ルーターを新しく店舗へ引き取りにいくことになった。

アメリカのマスク嫌い?

 この頃、マスクを付ける付けないということについては、アメリカと日本の報道にかなり温度差があった。アジア諸国の例から絶対着けたほうがいいという私、アメリカ疾病管理予防センター(以下、CDC)が一般の人にはマスクを推奨していないし付ける必要はないんじゃないかというハウスメイト。ソーシャル・ディスタンスという言葉も人口に膾炙しておらず、アメリカでは日本のクルーズ船が取りざたされたあと、感染者が出たクルーズ船がバークレーの南、オークランドに入港するとかでニュースになっていた5頃のことだ。バークレーの街にはまだ人が溢れ、バーやレストランも賑わっていた。

 この時点ではバークレー周辺でも、マスクの着用を促す報道や政府機関の勧告は全く無かった6。3月1日にニューヨーク市で最初の感染者が出た後、3月後半までに東海岸では急速に感染が拡大した。多数の死者を出す事態になった後、マスクを義務化した州も出てきたが、アメリカではトランプ大統領を筆頭に、一種の政治的立場の表明としてマスクの着用を攻撃する人たちが出てきて、全く無用の混乱が起きていた。3月初旬頃に日本の家族とやり取りしたとき、日本では需要の急増に生産が追いつかず、マスクの価格高騰や入手困難な状況を聞いていたが、当時のバークレー周辺では薬局でもサージカルマスクなどもともとほとんど売っておらず、日本から飛行機などの長距離移動時用に持参していたマスクをつけるか、N95といった特殊なマスクを購入して付けるしか方法はなかった7。いずれにせよマスク着用は全く一般的ではなかった。

 そして3月15日、シェアハウスから引っ越していったばかりのハウスメイトからWhatsappのグループチャットにメッセージが入った。「仕事の筋から、カリフォルニアが2週間のロックダウンになるという話を聞いた。軍が派遣されて外出制限がかかるから、食料や必要なものを買っておいたほうがいい。」正直なところ、カリフォルニアの感染例はまだほとんどなかったし、はっきり言ってどこかの与太話や噂話の類だろう、と彼以外は思っていた。グループチャットには「冗談?」「ソースは?」「落ち着こう」といったメッセージが投げられ、こんな身近に根も葉もない噂を流す人がいるなんて、と私は少々うんざりした気持ちになった。「自分は彼女と山奥の家に引きこもる。ネットもほとんど繋がなくなるから連絡は取れないかも。みんな無事で。」私は、返信すらしなかった。

2020年3月16日〜5月中旬:ロックダウン生活 (初期)

Social-Distancing Purchasing

 ところが3月16日、本当にカリフォルニア州知事からShelter in Place Oder8(訳しにくいのだが、自宅待機令と言えばいいだろうか)が発令された。(もちろん軍云々はガセだったが。)発効はわずか1日半後の月曜日からというスピード感だ。前述の引っ越したハウスメイトからの「怪情報」が本当だったことに驚いたが、ともあれ事実上のロックダウン。ヨーロッパのような厳しい外出制限はないものの、多くの「生活に必要のない」店が閉まるという。

 スーパーは引き続き営業しているし、至急で購入しなければならないのはwifiルーターくらいで切迫感はなかったが、ハウスメイトの車で3月18日にXfinityの路面店があるEmeryvilleのモールへ赴いた。すると、モールの入り口に差し掛かったあたりからすでに他の車を見かけない上、人っ子一人歩いておらず、空気が違う。目的地であるXfinity以外の店が全店休業していたのだ。ハウスメイトと二人で店内に入ると、入り口で3〜4人のスタッフに足止めされる。客は私達以外にはいないようだったが、店内に入れるのは一人だけだという。私達も含め店員もまだ何もかも慣れない、といった様子でとにかくソーシャル・ディスタンスを取らなくては、ということで赤いテープで示された場所に立って2m離れた店員さんと話をする。品物の受け渡しにはどうしても多少距離を詰めなくてはならず、お互いロミオとジュリエットのような状態で笑いながら手を差し伸べあってルーターを受け取った。客のいない店内で談笑する店員同士を片目に、2m離れて遠巻きに話しかけられるのは、なにか奇妙な緊張感と可笑しさがあった。

“Zoom Fatigue is REAL.”

 すぐに無事wifiも設置完了し、注文したヘッドセット等のガジェットも揃ってオンラインへの移行はスムーズに行われたように思う。後で聞いた話だが、UCバークレーはもともとオンラインクラスがある程度あって、学生もリモートで授業を受けたことのある人が一定数いる。もちろん教員でオンライン授業の経験がない人もいたと思うが、1日の準備日のあとすぐに授業は全てオンラインへ移行して再開。大学は包括的契約をZoomと結び、大学のアカウントを持っていればZoomの有料アカウントを使えることが告知された。新しいツールを得た当初は面白く、日本でもリモートワークや在宅待機の人が増えた時期と重なったこともあって久しぶりに連絡を取る人も増えた。また、対面で会っているよりも会話のペースが落ちる上、イヤフォンで音を聞いているのでディスカッションの授業では聞き取りやすさが上がって、留学生としてはこれは福音であった。手元も見えないので分からない単語を猛然と調べながらも真顔で授業を聞いていられる。

 もちろん負の側面もある。それまでのように授業の前後に人に会うことも無くなった。バス停から大学のキャンパスを横断して研究室まで通うのが片道15分くらいはかかり、それがいい運動になっていたなと思うのは少しあとのことだが、芝生や林のあるキャンパスに点在するカフェや図書館で授業の合間に追い詰められながら課題を読むのも思い返せば楽しかった…。というノスタルジアだけでなく、毎日のリーディングやノートテイキング、レポートなどに加えて授業時間やミーティングの間パソコン画面を見つめていると頭痛と肩こりがひどい。ロキソニンを飲んでなんとか授業に出ていた週もある。加えて私は腰痛持ちなので、クラスメートと教授陣は何度か私がカメラの前で屈伸や奇妙な体操をする姿を見る羽目になった。

 そして住宅の価格が高いベイエリアのこと、学生の多くはシェアハウスやシェアルームをして暮らしている。カメラもオフで、通信状態も悪いといってほとんど顔を見なくなったクラスメートや、本国からの要請で急遽帰国したクラスメートもいた。オンラインで世界の何処からでも授業を受けられる、と言っても、帰国してしまえば時差の関係でアメリカの講義やゼミに出席するのは難しい場合も多い。他の学生もそれぞれに困難を抱えていることが伝わってきて、ゼミの授業はオンラインに移行した後はいつも少し重苦しかった。

 数週間経つと、アメリカの新規感染数は着実に増えていたものの、カリフォルニア、とりわけベイエリアは早めのロックダウンのおかげで事態の抑制に成功しているという感覚があり、日常生活を送る上ではそこまでピリピリした空気はなかった。大学図書館の閉鎖で研究に必要な文献が借りられないこともあるのは苦労したが、オンライン図書館の貸し出し、ダウンロード可能データの拡充が迅速に行われたおかげでふんだんに読まなければならないものはあったのでその頃はそこまで気にはならなかった。とはいえ、図書館や街の書店が閉まったままで、目的の本以外にふと出会うという楽しみは全くなくなり、数少ない大学院の友人はみなバークレーの家を引き払って地元に帰ってしまい、ひたすら同じハウスメイトと顔を突き合わせる日々。これまでだったら、道を歩いてすれ違う人とはHi!と挨拶を交わしたものだが今はみんな遠くから人を確認すると道を逸れたり迂回したりする。お互いにしていることなのだから特に傷つく謂れもないはずなのに、「人に避けられている」ということが可視化されてしまう。4月の後半から5月は毎日淡々と過ごしながら少しずつ沈んでいくような感覚に襲われた。

後編に続く

脚注

  1. カリフォルニア州機関によるCalifornia COVID-19 Archive やコロンビア大学のINCUTEとオーラルヒストリーアーカイブによる共同プロジェクトNYC Covid-19 Oral History, Narrative and Memory Archiveのほか、より小さな地域に特化したカリフォルニア州立大学サンマルコス校のTogether/Apart: The COVID-19 Community Memory Archiveなど、各地でプロジェクトが進む。
  2. 2020年4月22日のSan Fransisco Chronicleの記事によれば、3月16日時点でのベイエリアの合計感染件数は30件とまだ低調で、オレゴン州で2月29日に最初の感染例が報告されていたものの中国への渡航歴がある患者だったため、アメリカ国内での感染はまださほど広がっていないと考えられていた。New York Timesの5月21日付記事には、その後カリフォルニアでも1月25日にさかのぼって感染例が確認されるなど、各所で3月に報道されていたより感染の開始と拡大は早かったことが記されている。
  3. As coronavirus spreads, UC Berkeley suspends in-person instruction – Berkeley News (2020/3/9)
  4. Large California Smoke Plume To Mix With Colorado Wildfire Smoke This Weekend – CBS Denver (2020/8/21)
  5. Coronavirus Outbreak: Everything to know about the Grand Princess cruise ship that docked in Oakland – abc7news (2020/3/16, ウェブ魚拓)
  6. アメリカ疾病管理予防センター(CDC)も当初は医療関係者以外へのマスク着用を奨励しておらず、その後4月3日になって自作の布マスクなどを着用することをすすめると発表した。最新のCDC(2020年12月14日時点)によるマスク着用のアドバイスにおいても依然医療用マスクは医療従事者への供給不足を懸念して一般には勧められないとしており、医療用でない使い捨てマスク、しっかりと密着する布マスクなどが奨励されている。2020年6月18日にカリフォルニア州では公共の場所でのフェイスカバーが義務化(脚注11 参照)。2020年12月4日、ついにCDCが外出時に全ての場所でのマスク着用を推奨(同日、POLITICO による記事)。
  7. Amazon USAでもマスク価格が高騰していたようだ。
  8. 2020年3月16日 Shelter-in-Place Order/自宅待機令関連の行政令および報道。
    1.  Order of the Health Officer: Shelter at their Place of Residence (PDF) – Contra Costa Health Services (2020/3/16)
    2. Seven Bay Area Jurisdictions Order Residents to Stay Home – Santa Clara County Public Health (2020/3/16)
    3. Coronavirus: Six Bay Area counties to ‘shelter in place– Los Angles Daily News (2020/3/16)

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