#今年読んだ一番好きな論文2020
数年前から見かけて楽しそうだなと思っていたものの、分野が全く違う人が多く尻込みしていたこの企画。家にこもってばかりの今年、ついに参加することにしました。
今年読んだ一番好きな論文2020はその名の通り今年読んだ一番好きな論文を各人が紹介し、投票により優秀賞・特別賞などが送られるというものです。同分野や隣接分野での論文の輪読会などはよくありますが、ここまで分野横断的に開催されているのはあまりないのではないでしょうか。他の参加者の方の記事もとても面白く、企画者のおまつりけばぶさん(@kebabfiesta)に感謝しております。
※2020年12月22日予約公開で設定していたのですが、日本時間ではとっくに22日が終わっていることに気づき慌てて公開しました。遅れてすみません。
この記事を書いた人
日本の大学で考古学の博士後期課程をしています。アメリカに留学中で、2021年夏に帰国予定ですがコロナでとんでもないことになりました。狩猟採集民の植物利用について考古学的に研究しています。特に、かご(編み物)が好きで、カリフォルニアでかごを調査する予定でしたがコロナのおかげで家の壁とパソコンモニターばかり見つめています(悲しい)。このサイトにも簡単な自己紹介と留学中にコロナ禍に見舞われた生活について書いた記事があります。
論文紹介
紹介する論文は以下。オープンアクセスでこちらからダウンロードできます。
Popper, Virginia S. 2016. Change and Persistence: Mission Neophyte Foodways at Selected Colonial Alta California Institutions.
1. 概要
18世紀、スペインの入植者は「剣と十字架」、つまり軍隊と宣教師を一体のものとして現在のアメリカ合衆国カリフォルニア州域にやってきました。今のカリフォルニア南部の海岸線沿いを北上しつつ、「400㌔の沿岸部に100以上の部族がひしめき合い、80から100の言葉が話されている」と後年推定された1ほど、カリフォルニアには多様な文化の集団が居住していました(Cook 1987)。
スペインの宣教師たちは武力を背景にこうした先住民たちから土地を奪い、牧場や農地に変えるため彼らを労働力として使役しました。先住民たちを入植者たちの目的に適うような「人材」とするため、宣教者たちは彼らにキリスト教(カソリック)を布教し、本来の居住地から引き離して宗教儀式、食生活、集団生活の方法、労働などの慣習を変えさせようとしました。こうした文化の消去への圧力に対して、先住民がどのようにミッションの中でそれぞれの伝統的食生活の一部を維持したのか、あるいは維持できなかったのか。
この論文で筆者は、考古学データ・入植者による文献資料・民族誌を分析し、現在のカリフォルニア州にある2つのミッション(スペイン・フランシスコ修道会による伝道所を中心とした基地)において、先住民は改宗してもある程度もとの食生活を含む植物利用文化を維持していたことを明らかにしています。同時に、宣教師と先住民改宗者それぞれの集団の食生活の変容の程度が双方の力関係を反映し、宣教師の側での変容はほとんど見られなかったが、改宗者の食生活は一定程度変容したと結論しています。
2. 背景
西欧世界から見て最後の「発見」だったアメリカ大陸の発見とその後の植民地政策下で、先住民たちは多くの苦難を味わいました2。資源の豊富なカリフォルニアはとりわけ、「理想的な天候の、無人の土地が君を待っている」としてカリフォルニアを喧伝する政府に煽られた植民者の波と、スペイン・メキシコ・アメリカ・ロシアなど帝国の覇権争いの中で翻弄されました。18世紀、最初に現在のメキシコを植民地化したスペインは、18世紀後半に太平洋北西海岸で資源を求め南下するロシアに対抗し、拠点を増やしながらカリフォルニアを北上します。
スペイン人の入植者は広大なカリフォルニアの土地に対して比較的少ない人数で、すでにスペインが統治していたメキシコなどのように面的な征服ではなく、ミッションと文民の居住地、軍隊基地の3種類が沿岸部に点在するという形で展開しました。先住民への過酷な扱いと疫病などにより、当初ミッションに連行してきた先住民が相次いで死亡すると、宣教師たちは内陸部へも足を伸ばし、さらに多くの先住民をミッションに連行して使役しました。つまり、先住民人口の中でもスペインのミッション内で生活するようになった改宗者と、その周辺に生活し労働力を提供していた先住民、さらにスペイン人の手を逃れて更に内陸や北部へ移動した集団や未接触の集団など、様々な位相がありました。
スペイン人の入植時には推定31万人いたと言われる先住民は、入植者が持ち込んだ病原菌、入植者による虐殺、ミッションでの不衛生な環境と飢餓、精神的ストレスなどの影響で、スペインによるミッションが廃止されるまでの60年間で半数の15万人程度まで人口減を経験したと言われています(Library of Congress, n.d)。このうち、入植者にミッションに収容された先住民はカリフォルニア全土で7万2千人といわれており、そのうち約5万2千人が死亡したと考えられています(野口2015, 69)。
どのように生計を立て、どの言葉を話し、誰と何を食べるか、は重要な文化的アイデンティティであり、特にカリフォルニアの先住民にとって植物資源は食物としても、社会的交流の道具としても、信仰の場においても重要な要素でした(Jacknis2004, 92)が、スペインの入植者たちは彼らを伝道所に移したあと厳しい規律のもとにおき、スペイン文化や慣習を強要しただけでなく、母語の使用や宗教儀式などを禁止しました。スペイン・ミッションは「『布教』という名目で行われた、先住民への抑圧の場だった(野口2015, 68)」のです。
3. 内容

(Sandos 2004 Fig.1 に加筆)
分析の対象と方法
今回紹介するPopperの論文では左の図で青色でマークした3つの植民地での18世紀〜19世紀の食生活について、
1-a. Popperによる3つのミッションの発掘調査から検出された植物遺存体の分析データ
1-b. 他4つのミッションの発掘調査報告からの植物遺存体データ
2. スペイン人入植者による文献記録
3. 人類学者によるエスノグラフィ
をもとに改宗者と宣教師のそれぞれの食生活を読み解きます。Popperが分析した遺跡は3つで、それぞれ、改宗者の食生活を2つのミッション(San Luis ObispoとMission La Purísima)から、宣教師の食生活をサンフランシスコ入植地とミッション(Mission La Purísima)から分析しています(図1で青くマークしてあるミッション)。
植物遺存体の分析では、発掘調査で得られた土壌サンプルを土壌水洗法にかけ、検出された植物の種子と炭化物の割合を検出し、植物遺存体はさらに種の同定を行います。PopperはSan Luis ObispoとMission La Purísima Concepciónのミッション内の発掘調査から、宣教師およびスペイン人入植者と改宗者のコミュニティ住居跡と貝塚(ゴミ捨て場でもある)を識別し、土壌サンプルを精査しました。
土壌水洗法とは、遺跡から出土する種子同定等の準備のため、採取した土壌サンプルを水簸し、軽い種子・炭化物と土砂を分離したあと乾燥させるものです。各遺跡や現地で可能な方法により、考古学者はそれぞれ工夫をこらして簡単で安価に組み立てでき、効率のよい土壌水洗システムを作ってきました。アメリカの植物考古学者Pearsall による「Paleoethnobotany」(2015)では様々な土壌水洗システムが紹介されているので興味のある方はぜひどうぞ。

La Pursisima Mission State Historic Park
©2017, California State Parks. Photo by Brian Bae
結果と考察
従来の研究では、ミッションで生活していた改宗者は、スペイン人入植者の文献記録と栄養失調による推定死亡人数の多さから、周辺の植物資源から切り離され、スペイン式の食事、つまりミッションで生産された穀物とミッションで飼育された豚・羊などの肉や乳製品のうち僅かな割合を割り当てられていたと考えられてきました。
今回紹介した論文では、住居址と貝塚という2つの文脈についてそれぞれ改宗者とスペイン人入植者が残した植物遺存体を分析することで、ミッションによっては従来想定されていたより多様な植物利用文化が改宗者により受け継がれていたことを実証しました。
Popperが分析した3つのミッション遺跡では、改宗者の住居址から伝統的に食べ物の準備や調理に使われてきた道具(製粉のための磨石など)が出土している3ことから、改宗者はスペイン式の主食(小麦・大麦・トウモロコシ)を受け入れたとしても、その調理法などは伝統的な方法を残していた可能性が高いと指摘しています。また、Mission San Luis ObispoとMission La Purísimaの2つでは、改宗者の貝塚から主に通常調理された場合は痕跡を残さない小麦やトウモロコシが出土しており、その理由を先住民がそれらを食べないことを選択し、割り当てられた分を貝塚に捨てたからであると推測しています。さらに、伝統的に食用されてきたオークと、燃料や建築材、各種用材、薬として利用されてきたアメリカスズカケノキ(Platanus racemosa)が改宗者の貝塚から炭化した状態で多量に出土していることから、食用以外の面についても伝統的植物利用が引き続き行われていたこと、それらの種類はスペイン人植民者より多様であったことが明らかになりました。ミッションに居住するようになった改宗者は、スペイン人植民者から割り当てられる穀物を以前よりは多く食べるようになったものの、従来の食生活を根本的に変えることはなかったのです。
一方、スペイン人入植者の貝塚からはおおよそ15種以下の植物種しか検出されず、そのうち栽培種は全体量の41%を占めるなど、新たな土地で新しい生態系に囲まれていたにも関わらず、彼らの食生活を含む植物利用には大きな変化がなかったことが分かります。
Popperがこの論文で追求したのは、食生活の変容を通じて、文化的に大きく異なる集団同士が出会ったときの複雑な関係の一旦を明らかにすることでした。カリフォルニアへの入植者と先住民、その間に生まれた混血集団の階層制などについては多くの先行研究がありますが、食生活からその階層性を明らかにした面白い論考です。
5. 脚注
- この推定値はCook 1976によるもの。カリフォルニア州裁判所(California Courts)によれば入植者との接触以前の人口推定値は約20万人となっており、数値には諸説ある。
- 余談ですが後年カリフォルニアをアメリカ連邦政府が領有し、州政府を設立した際(1850年)、「カリフォルニア州は奴隷を持たない」とSlave Free State宣言をしました。しかし実際には先住民を奴隷として扱う制度が確立しており、安価な労働力としての黒人奴隷を輸入する必要がなかった、という事実を前提として見る必要があります。
- 今回の論文で分析の対象になっている中部・北部カリフォルニアの多くの先住民文化では、バスケットを利用した食料の準備と調理が広く行われていたことが知られていますが、遺跡からバスケットは出土していないため、Popperは強く可能性を示唆するにとどめています。
6. 参照文献 ・サイト
- California Courts. 2012. “California Tribal Court – State Court Forum: Native American Statistical Abstract: Population Characteristics.” Published July 2011, Last Modified March 2012. Accessed Dec 12, 2020. https://www.courts.ca.gov/3066.htm.
- Cook, Sherburne F. 1976. The Population of the California Indians, 1769-1970. Berkeley: University of California Press.
- Jackins, Ira. 2004. Food in California Indian Culture. Berkeley: Phoebe Hearst Museum Press.
- La Purísima Mission State Historic Park. n.d. Accessed Dec 12, 2020. https://www.parks.ca.gov/?page_id=598
- Library of Congress. n.d. “The Missions.” California as I Saw It: First-Person Narratives of California’s Early Years, 1849 to 1900 Collection. Accessed Dec 14, 2020. https://www.loc.gov/collections/california-first-person-narratives/articles-and-essays/early-california-history/missions/
- Pearsall, Deborah M. 2015. “Water Recovery: Flotation Techniques.” In Paleoethnobotany: A Handbook of Procedures. Third Ed. 46-52. Walnut Creek: Left Coast Press.
- 野口久美子 2015. カリフォルニア先住民の歴史―「見えざる民」から「連邦承認部族」へ. 東京: 彩流社
おすすめ関連文献
- Anderson, M. Kat. 2005. Tendering Wild: Native American Knowledge and the Management of California’s Natural Resources. Berkeley: University of California Press.
カリフォルニア先住民の伝統的植物利用・食生活についての金字塔的研究。(JSTOR) - Sados, James A. 2004. Converting California: Indians and Franciscans in the Missions. New Haven & London: Yale University Press.
スペインの植民地政策の中でミッションがどのように社会的統制機構として働いたか。 - Shoup, Laurence H, and Randall T Milliken. 1999. Inigo of Rancho Posolmi: the life and times of a mission Indian. Novtato: Ballena Press.
18-19世紀スペイン植民政府下でのカリフォルニアの先住民としての経験についてのモノグラフィー。